痿論篇について
素問の一篇にあります「痿論篇」
痿とは病証で「痿証」とも言います。病態は肢体の筋肉が弛緩、減弱し、
病気の進行より萎縮する病証です。
現代の病名でいうと脊髄麻痺や筋委縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフイーなどが考えられます。
ではこのような神経疾患を東洋医学ではどのように考えているのかを紐解いていきましょう。
素問原文はこちら
黄帝が問う。
「五蔵の人をして痿せしむるは、何ぞや。」
岐伯が答える。
「肺は全身の皮毛を主り、
心は全身の血脈を主り、
肝は全身の筋膜を主り、
脾は全身の肌肉を主り、
腎は全身の骨髄を主る。
故に肺熱し葉が焦げれば則ち皮毛虚弱に急薄なり、著ば則ち痿躄(いへき)を生ずなり。
心気は熱すれば、則ち下脈、厥し上る。上る則ち下脈は虚す。虚則ち脈痿を生ず。樞は折挈(せっけい)して、脛縱みて地に任せざるなり。
肝気熱すれば、則ち胆は泄して口苦く、筋膜乾く。筋膜乾けば、則ち筋急して攣す。発して筋痿となる。
脾気熱すれば、則ち胃乾きて渇し、肌肉は不仁す。発すれば肉痿となる。
腎気熱すれば、則ち腰脊は挙らず、骨枯れ髓減す。発すれば骨痿となる。」
帝曰く。
「何を以てこれを得るや。」
岐伯曰く。
「肺なる者は臓の長なり。心の蓋を為すなり。
失亡する所有りて、求める所を得ざれば、則ち發して肺鳴す。鳴すれば則ち肺熱し葉は焦す。
故に曰く。五臓肺熱に因りて葉焦し、發して痿躄と為る。此れこの謂いなり。悲哀太甚なれば、則ち胞絡絶す。胞絡絶すれば則ち陽気内に動ず。發すれば則ち心下崩れ、しばしば溲血(しゅうけつ)するなり。
故に本病に曰く、大經空虚にして、發すれば肌痺と為す、伝わりて脉痿と為る。思想に窮まり無く、願う所を得ず、意は外に淫し、房に入ること太甚なれば、宗筋は弛縱し、發すれば筋痿と爲り、及び白淫を為る。
故下經に曰く。筋痿なる者は、肝に生じ、内を使うなり。湿に漸すること有り、水を以て事を爲す。若くは留まる所有りて、居處と相い湿し、肌肉は濡漬(なんし)し、痺して不仁す。發すれば肉痿と爲る。
故に下經に曰く。肉痿なる者は、これを湿地に得るなりと。遠行勞倦する所有りて、大熱に逢いて渇す。渇すれば則ち陽氣内に伐(う)たる。内伐たれれば則ち熱は腎に舍る。腎なる者は水藏なり。今水、火に勝たざれば、則ち骨枯れて髓虚す。故に足に身を任せず。發すれば骨痿を為す。
故に下經に曰く。骨痿なる者は、大熱に生ずるなりと。」
帝曰く。
「何を以てこれを別つや。」
岐伯曰く。
「肺熱する者は、色白くして毛敗す。
心熱する者は、色赤くして絡脉溢(いつ)す。
肝熱する者は、色蒼くして爪枯れる。
脾熱する者は、色黄して肉蠕動す。
腎熱する者は、色黒くして齒槁(かれ)る。」
帝曰く。
「夫子の言の如きは可なり。論に言う。痿を治する者は獨り陽明を取るとは、何なるや。」
岐伯曰く。
「陽明なる者は、五臓六府の海、宗筋を潤すを主る。宗筋は骨を束ねて機関を利するを主るなり。衝脉なる者は、經脉の海なり。谿谷を滲潅(しんかん)するを主り、陽明と宗筋に合す。陰陽は宗筋の会を総べ、氣街に会す。しかして陽明これを長と為す。皆帯脈に属して、督脉を絡う。
故に陽明虚すれば、則ち宗筋縱み、帯脈引かず。故に足痿して用いざるなり。
帝曰く。
「これを治すこといかん。」
岐伯曰く。
「各おの其の滎を補して其の兪を通じず。其の虚実を調え、其の逆順を和す。筋脉骨肉、各おの其の時を以て月を受ければ、則ち病已むなり。」
帝曰く、「善し。」
以上が素問の痿論篇の内容とあり五臓のどこに熱があるかで症状が変わるが、肺気が循らないことで熱が燃え上がり肺葉を焦げ肺熱を起こしたり、他の臓からの熱は上がってくれば一番上部に位置する肺に熱が入りやすいので痿病が生じる。肺の熱があれば痿躄という。足が萎えて歩けない状態になる病証をさします。痿病ではこれが最も多いようです。
肺に熱があるため、手足末端に気が行き渡らず「皮毛虚弱に急薄」つまり表部に衛気が巡らない状況で、いわゆる末梢神経系の働きが皆無となる。
しかし東洋医学を無理やり西洋医学的な解釈は困難を極めるが、簡単なイメージ感だけ考えてみる。
肺や肺経は頭には通じず、つまり脳や中枢神経との関連はない。あくまでも気の働きとして考える。
肺に熱があることで肺は手の太陰経に繋がりるため上肢は症状がでにくいのか、痿躄(躄はいざりと読み。足が不自由で立てない人の意)は下肢の症状が主となる。気の循りは肺で滞り気が発散できなく、特に下肢末端まではいかない。
発症の機序も「失亡する所有りて、求める所を得ざれば、則ち發して肺鳴す。」つまり肺気をなくし、補わなければ、肺熱が生じ肺鳴つまり喘鳴のようなものが起こる。さらに悲哀すると内熱ますます進み「包絡絶す」これは督脈・任脈・衝脈の絡脉との連絡が途絶え、熱の逃げ場を失い、陽気が内から動けないことになる。肺熱は胸に溜まり、心熱に移ることもある。それが本文でいう「脈痿」である。
治療穴は気血を生成する胃の陽明経を使い、宗筋を潤す(宗筋は陰部の筋を意味しますが、宗筋は気街と会し、帯脈と衝脈ともつながる)目的で、胃経の榮穴で内庭穴を使う。「其の虚実を調え、其の逆順を和す。」上焦の熱を足まで引き熱を抜く作用があるためだろう。
ここでは胃経の内庭しかでてないが、肺熱を取るのに魚際や少商なども必要かと考えられる。