著者 紹介

大熊 裕哉

新潟県新潟市

おおくま鍼灸マッサージ治療院

URL

http://okumachiryouin.com

 

甲状腺ホルモンとは

 

 

甲状腺ホルモンは体の働きをスムーズにするホルモンです

 

 甲状腺は右の図のように、首の下方についている小さなハート型の臓器です。通常、外から触ってもよく分かりません。甲状腺から出る甲状腺ホルモンは、生きていくために必要な、いろいろな臓器を調節しています。正常な状態では甲状腺ホルモンは常にほぼ一定の濃度に保たれています。

  甲状腺ホルモンによって体にある臓器は正常に働き、元気に生活を送ることができます。

 

甲状腺の場所

 甲状腺からは主にサイロキシン(T4)とトリヨードサイロニン(T3)という2つの甲状腺ホルモンが出ます。ほとんどがT4で、一部がT3です(T4:T3=20:1)。T4もT3も甲状腺ホルモンとしての働きがありますが、T4の力はT3に比べて弱く、組織に対して働くのは主にT3です(T3はT4より3-5倍強い作用)。T3は甲状腺からも出ますが、甲状腺からから分泌された後も体内の酵素によってT4からT3に変換されます(甲状腺から分泌後、T4:T3=8:3になる)。

 

甲状腺ホルモンはほとんどが蛋白質にくっついています

くっついていない残りのホルモンが効果を発揮します

 

 T4もT3も血液中では多くが蛋白質にくっついています(T4の99.98%、T3の99.8%が蛋白質にくっついています)。蛋白質にくっついている甲状腺ホルモンは甲状腺ホルモンとして働くことができません。蛋白質にくっついていない一部の甲状腺ホルモンが力を発揮します。蛋白質にくっついていないホルモンを遊離T4(freeT4)、遊離T3(freeT3)と呼びます。通常freeT4、freeT3と脳の下垂体から出る甲状腺を刺激するホルモンであるTSH(サイロトロピン)を測定して甲状腺ホルモンの機能を評価します。freeT4は体内の甲状腺ホルモンの量を、freeT3は組織に作用している甲状腺ホルモンの強さを表していると考えてもらうとよいと思います。

 

 

 甲状腺ホルモンにくっつく蛋白質はサイロキシン結合グロブリン(TBG)、トランスサイレチン(TTR)、アルブミン(Alb)の3つがあります。この中でアルブミンが最も多いのですが(TBG:TTR:Alb=1:10:2000)、甲状腺ホルモンにくっつく力はTBGが最も強いため(TBG:TTR:Alb=7000:140:1)、実際に甲状腺ホルモンは75%がTBGに20%がTTRに5%がアルブミンにくっついています(単純計算通りではありませんが)。このTBGの変動が甲状腺の機能に影響する因子の一つになります。

 

エストロゲンが増えると甲状腺ホルモンがくっつく蛋白質が増えます

蛋白質にくっついていない甲状腺ホルモンを維持するため

甲状腺は一生懸命働かなくてはいけません

 

 TBGは女性ホルモンであるエストロゲンが増えるとTBGも増えます。TBGが増えると甲状腺ホルモンの機能を発揮させるために甲状腺は多くの甲状腺ホルモンを出して対応します。甲状腺の機能が低下しているとこの変化に対応することができなくなるため、エストロゲンが大量に出ている状況では甲状腺機能低下症に陥りやすくなります。

 

 

 甲状腺ホルモンと卵巣機能

 

甲状腺ホルモンは卵胞の成長に影響します

 

 甲状腺ホルモンはいろいろな臓器の働きをスムーズにさせるのが重要な役割です。甲状腺ホルモンは卵胞の成長にも必要なホルモンで、十分な甲状腺ホルモンがないと卵胞は成長せず排卵が起こりません。

 甲状腺ホルモンは脳にある視床下部というところで血液中の甲状腺ホルモンの濃度を感じとって調整しています。甲状腺ホルモンは脳の下垂体というところから出る甲状腺刺激ホルモン(TSH)で調整されていて、そのTSHの濃度を調整しているのが視床下部から出るTRHというホルモンです。

 このTRHというホルモンは下垂体からTSHを出させて甲状腺ホルモンを調節しているだけではなく下垂体からプロラクチンを出させる働きもあります。しかし通常のTRH量ではほとんど影響しません。

 

卵巣機能と甲状腺機能低下症

 

甲状腺低下症は排卵が起きなくなったり黄体の機能が低下することで

不妊症・不育症の原因となることがあります

 

 

 ほとんどの甲状腺機能低下症は甲状腺自体に原因があります。甲状腺ホルモンは卵胞の成長に影響しているので甲状腺ホルモンが足りなくなると卵胞が成長せずに排卵が起きづらくなります。仮に排卵が起きたとしても卵胞の成長が不十分だと妊娠を維持させるのに必要な黄体の機能が低下することがあります。

  また甲状腺から甲状腺ホルモンの分泌が低下すると頭から甲状腺を出せという命令がたくさん出て甲状腺を刺激します。この時増えるTRHというホルモンがプロラクチンを増やします。このプロラクチンもまた卵胞の成長を妨げたり黄体の機能を低下させます。

  以上のような機序で卵巣の機能が低下し、生理が乱れたり、不妊症・不育症の原因になったりします。

 

妊娠と甲状腺機能低下症

 

母体の甲状腺ホルモンは胎児の成長に必要と考えられています

 

1)母体の甲状腺機能低下症が児に与える影響

 

母体の甲状腺ホルモンはわずかですが胎盤をとおり胎児に移行します

 

 以前、母体の甲状腺ホルモンは胎盤を通過しないため、甲状腺機能低下症は不妊症の原因にはなるが、妊娠すれば甲状腺機能低下症は特に胎児には影響しないと考えられていました。しかしその後、母体の甲状腺ホルモンはわずかですが胎盤を通過し胎児に行っていることがわかりました。そして妊娠の初期から中期にかけて母体の甲状腺ホルモンが低いと児の精神発育に影響する(IQが低くなる)という研究データが発表され、現在まだ確立した見解ではありませんが、母体の甲状腺ホルモンは胎児の発育(特に精神・知能・神経などの発達)に不可欠であると考えられています。

 

 妊娠初期にはまだ胎児の甲状腺がほとんど発達していないので胎児自身から甲状腺ホルモンを産生することができません。しかしその妊娠初期にも胎児の脳には甲状腺ホルモンが存在することが動物実験で明らかになっています。したがって妊娠初期に胎児の体内に存在する甲状腺ホルモンは母体からの甲状腺ホルモンということになります。この母体からの甲状腺ホルモンが不足すると胎児の精神・神経の発達に影響する可能性が考えられています。

  甲状腺ホルモンにはT4とT3という2つのホルモンがあります。甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンのほとんどはT4が占めています。いろいろな組織でT4の一部がT3に変わります。T3の方がT4よりも3-5倍甲状腺ホルモンとして強い力があります。母体の甲状腺機能低下症があるとT4をT3に変える酵素の活性が上がります。この酵素は胎盤にも多く含まれるために、軽度の母体の甲状腺機能低下、甲状腺ホルモン不足はこの酵素の活性上昇によってある程度はカバーされます。

 

妊娠初期に出る妊娠性のホルモン(HCG)にも

甲状腺ホルモンを分泌させる働きがあります

 

  また妊娠初期にはヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)というホルモンが上がります。妊娠反応に用いられるのがこのHCGです。このHCGには甲状腺から甲状腺ホルモンを出させる働きがあります。つまりTSHと同じ働きがあります(TSHに比べれば甲状腺ホルモンを出させる力は弱いです)。

妊娠性ホルモンであるHCGに甲状腺ホルモンを増やす働きがあることは偶然ではなく、特に母体からの甲状腺ホルモンが必要な妊娠初期に少しでも母体の甲状腺ホルモンを増やすことで胎児へいく甲状腺ホルモンを確保するためとも考えられます。

 

 

 

2)胎児・新生児の甲状腺機能低下症

 

 胎児の甲状腺が生まれながらに(先天的に)欠損してしまう病気があります。通常、妊娠8-10週頃から胎児が甲状腺ホルモンを産生できるようになります。しかし先天的に甲状腺が欠損し甲状腺ホルモンを産生できないと胎児の体内の甲状腺ホルモンが少ない状態になり胎児の精神・神経発達に影響する可能性があります。この場合も母体からの甲状腺ホルモンが胎児にいくことで精神・神経の発達への影響を最小限に食い止めることができると考えられています。母体から胎児へいく甲状腺ホルモンはわずかですが、このわずかな甲状腺ホルモンが精神・神経発達が遅れないようにしていると考えられます。これは胎児の脳にもT4からT3に変える酵素がたくさんあることも影響していると思われます。ただし母体・胎児ともに甲状腺ホルモンの低下が高度だと胎児・新生児の精神・神経の発達が遅れ、骨の成熟なども遅れてしまう可能性が高まります。

  前述したように甲状腺ホルモンは少ないながらも胎盤を通り胎児に移行します。胎児が母体の甲状腺ホルモンを受け取るルートはそれだけではありません。妊娠後期になるにつれ、胎児は羊水を飲み込む動作を頻繁に行うようになります。羊水中にも母体からの甲状腺ホルモンが存在するので、胎児は羊水中の甲状腺ホルモンを飲むことでも体内へ母体の甲状腺ホルモンを取り込んでいます。

 

 

 

3)甲状腺機能低下症と甲状腺ホルモン補充

 

妊娠すると甲状腺ホルモンの必要量が増えます

 

 もともと甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモン補充療法(通常T4を内服)を行っている場合、妊娠すると必要なホルモン量が増えるので内服量を調整する必要があります。妊娠すると妊娠前に必要なホルモン量より25-50%増加します。これは胎盤で甲状腺ホルモンが分解されること、母体の甲状腺ホルモンが一部胎児へ移行することなどが関連しています。実際は1日の甲状腺ホルモン量を増やしたり、1日の量はそのままで週に2-3回倍の量を服用することなどで対応します(主治医と相談して自己判断で行わないようにしてください)。

 

 いずれにしても、妊娠初期あるいは妊娠前に甲状腺機能低下症がないかをしっかり確認し甲状腺機能低下症がある場合はしっかりと甲状腺ホルモン補充し、妊娠したら甲状腺ホルモンの補充量をしっかりと増やしておくことが重要になります。

 

 

 

 慢性甲状腺炎(橋本病)と不妊症・流産

 

慢性甲状腺炎が不妊症・流産に影響する可能性があります

1)慢性甲状腺炎(橋本病)と不妊症

 

不妊女性は非不妊女性に比べ約2倍慢性甲状腺炎になっています

 

 不妊女性が慢性甲状腺炎を合併している確率は、不妊ではない女性に比べて約2倍高いといわれています。したがって慢性甲状腺炎が不妊の原因になっている可能性があります。しかし慢性甲状腺炎は様々な疾患を合併していたり、甲状腺機能を低下させたりすることがあるため、実際に慢性甲状腺炎そのものが不妊の原因になっているかどうかは現時点では結論が出ていません。今のところ慢性甲状腺炎があっても甲状腺機能が正常の場合、妊娠率にそれほど影響を及ぼさないと考えられています。ただし慢性甲状腺炎で甲状腺機能が低下している場合には上述のごとく妊娠率が低下すると考えられます。また多のう胞性卵巣症候群や子宮内膜症があると慢性甲状腺炎を合併している確率が高まるといわれています(慢性甲状腺炎の44%が子宮内膜症、26.9%がPCOS)。多のう胞性卵巣症候群や子宮内膜症は不妊症の原因となりますので、これらを合併していることで不妊症の原因となることがあります。

 

 

 

2)慢性甲状腺炎(橋本病)と流産

 

慢性甲状腺炎があると流産率が上昇しますが

適切な甲状腺ホルモン投与で予防できる可能性があります

 

 慢性甲状腺炎があると流産率は3-5倍に上昇します。なぜ慢性甲状腺炎があると流産率が上がるのかは今のところ分かっていませんが、いくつかの仮説はありますので下に示します。

 

慢性甲状腺炎は自己免疫性疾患(リウマチなどのように自分で自分の体を攻撃する物質ができてしまう病気)なので、免疫のバランスが乱れて流産につながる。

妊娠によって甲状腺ホルモンの必要量が大幅に増加するが、その変化についていけずに甲状腺ホルモンが足りなくなることで流産となる。

慢性甲状腺炎の女性は3-4歳妊娠年齢が高くなる傾向にあり、その年齢が高い分だけ流産の可能性が上がる。

 慢性甲状腺炎があっても甲状腺ホルモンが適切に投与されていれば、流産率はそれほど上昇しないとも言われています。

 

 

3)慢性甲状腺炎(橋本病)と不妊治療

 

慢性甲状腺炎があると高度不妊治療中に

甲状腺機能が低下している可能性がありますが

妊娠率にはあまり影響しません

 

 一般的な不妊治療(人工授精まで)の場合、慢性甲状腺炎がある時は上に述べたような妊娠率、流産率を考慮しつつ甲状腺機能低下症があれば甲状腺ホルモンを補充しながら不妊治療を行うことになります。

  体外受精などの高度不妊治療(ART)の場合は、状況が少し異なります。結論からいえば妊娠率には影響せず、流産率が上がる可能性があります。ARTにもいろいろありますが。その中でも多くの卵を採取するために卵巣を刺激する時(controlled ovarian hyperstimulation: COH)には、時に妊娠時に匹敵するくらい女性ホルモンであるエストロゲンが大きく上昇することがあります。この時にエストロゲンの影響で増えたTBGのために甲状腺はたくさんホルモンを出して甲状腺ホルモンの機能を維持しなければいけなくなります(甲状腺ホルモンとはの項を参照)。

 慢性甲状腺炎があると甲状腺ホルモンをたくさん出さなければいけない状態に甲状腺がついていけずに甲状腺ホルモンの働きが低下した状態になることが多くなります。甲状腺ホルモンが低下した状態では卵胞の成長が鈍くなり、黄体の機能が低下しやすくなります。しかしARTの時は甲状腺ホルモンの低下をがあっても、その卵胞の成長を妨げる作用を上回るような排卵誘発剤の増量などで対応できている可能性が高いため妊娠率は下がらないと考えられます。しかし流産に関しては上に述べたように(前項の2)慢性甲状腺炎と流産を参照)、薬剤投与だけで解決できない問題が多いために流産率の上昇をARTによって改善できないと考えられます。

 

女性・妊娠とバセドウ病(グレーブス病)

 

バセドウ病に合併する妊娠では

バセドウ病自体の影響と使用する薬剤の影響を考える必要があります

 

1)バセドウ病(グレーブス病)が女性に与える影響

 

 甲状腺はふだん下垂体からでるサイロトロピン(TSH)が甲状腺にあるTSH受容体というところにくっつくことで甲状腺ホルモンを出しています。体はTSHの量を調整することで、甲状腺ホルモンを適切な値に維持しています。体の中にTSH受容体にくっつき勝手に刺激する物質(TSH受容体抗体)ができてしまう病気がバセドウ病(グレーブス病)です。(バセドウ病=グレーブス病です)

 

 

a) バセドウ病と生理(月経)

 

バセドウ病になると

生理の周期が短くなったり生理の量が少なくなったりします

 

  バセドウ病があると通常、甲状腺機能亢進症の状態となります。甲状腺ホルモンは卵胞の成長にも影響しますので、甲状腺機能亢進症の状態では卵胞の成長が早くなり生理の周期が短くなることがあります。そのため生理が頻回に生じる頻発月経になったりしますが、逆に全身状態が悪くなったり、甲状腺機能亢進症のために体重減少が短期間で起こったりすることで卵巣の機能が一時的に低下し生理があまり来なくなる稀発月経となることもあります。また出血を止める働きをする凝固因子の機能が高まり、生理の量が少なくなることもあります。

 

甲状腺ホルモンと卵巣機能

 

b) バセドウ病と妊娠

 

妊娠中バセドウ病を治療しないと

流産、早産、妊娠性高血圧を生じやすくなります

 

 バセドウ病があり、甲状腺機能亢進症があっても妊娠率はほとんど低下しないことが多いとされています。しかし一部の方には排卵障害を生じ不妊の原因になることがあります(バセドウ病の方の約5-8%が不妊症になると報告されていますが、今のところよくわかっていません)。バセドウ病が無治療のままで放置されていれば流産率、早産率が上がり、妊娠性高血圧を発症しやすくなります。

 

バセドウ病になると

胎児に甲状腺機能亢進症を生じることがあります

 

  バセドウ病の女性が妊娠すると胎児への影響も考える必要があります。バセドウ病により甲状腺機能が亢進している場合、母体ではバセドウ病の原因であるTSHレセプター抗体が出現し、それにより甲状腺機能が亢進して体内に甲状腺ホルモンが増えた状態になります。TSHレセプター抗体は胎盤を通過して胎児の甲状腺にも影響します。母体のTSHレセプター抗体の量が多いと胎児に甲状腺機能亢進症を引き起こす可能性が高まります。その場合、胎児の心拍数が上昇しひどい時には胎児が心不全となったり胎児の成長に影響が出たりしますが、そこまでの状態になることは滅多にありません。しかし出生後は1-5%の確率で新生児に甲状腺機能亢進症を引き起こすことがあります。バセドウ病に対する薬を飲んでいる場合は、薬も胎盤を通過しますので、TSHレセプター抗体が胎児に入り込んでいたとしても通過した薬剤によって症状が抑えられています。出生後はTSHレセプター抗体が体内から消失するのに1カ月以上かかるのに対して胎児に移行した薬剤の効果が切れるのには数日です。したがって母体がバセドウ病に対する薬を飲んでいる場合は薬の効果が切れる数日後から新生児の甲状腺機能亢進症が出現する可能性があります。(薬を飲んでいない場合は出生直後から甲状腺機能亢進症が生じる可能性があります。)

 

 胎児は妊娠中期から自分自身で甲状腺をコントロールしています。母体中に増えた甲状腺ホルモンの一部は胎盤を通過し胎児に移行しますが、その量は微量なため母体の甲状腺ホルモンが胎児に影響を及ぼす可能性はほとんどありません。ただし、甲状腺機能亢進症が妊娠末期まで高度に続いた場合は、胎児に入り込んだ母体の甲状腺ホルモンがあるために胎児が自分で甲状腺ホルモンを作ろうとする頭からの命令が鈍ってしまうために出生後、一時的に甲状腺機能低下状態になることがあります。

 

 

 

妊娠中のバセドウ病と母体、胎児ちの甲状腺ホルモンおよびTSHレセプター抗体、薬剤

 

2)妊娠・授乳中のバセドウ病に対する治療について

 

妊娠中のバセドウ病に対しては主に薬物療法を行います

 

 バセドウ病の治療は主に薬物療法、アイソトープ治療(内服の放射能のよる治療)、手術の3つがあります。この中で妊娠中に発見された場合は薬物治療を行います。アイソトープ治療は妊娠中は胎児に悪影響を及ぼす可能性があるため行いません。またアイソトープ治療を行った後もしばらくは妊娠すると胎児に影響が及ぶ可能性があるため避妊が必要で、その期間は最低6カ月とされています。手術は内服でコントロールできない時には行うことがありますが、あまり行われていません。

 

妊娠中のバセドウ病に対しての薬は

プロパジール、チウラジールが主に使われます

 

 薬物療法はバセドウ病の原因であるTSHレセプター抗体を抑える働きがあり、また胎盤をある程度通過して胎児にも移行するので、妊娠中は胎児にいくTSHレセプター抗体を減らすことができ、胎児の治療にもつながるので最も好ましい治療と思われます。薬はチアマゾール(メルカゾール)とプロピルサイオウラシル(プロパジール、チウラジール)の2種類があります。チアマゾールは効果が安定しプロピルサイオウラシルに比べて副作用が少ないのが特徴です。ただし因果関係は不明ですがチアマゾールを使用した時に頭皮が欠損した胎児が生まれたという報告があります。一方でプロピルサイオウラシルは胎盤を通過し胎児に移行する量が少なく、今のところ人では胎児の奇形などを生じさせたという報告がないため妊娠中、特に初期はプロピルサイオウラシルが好ましいとされています。プロピルサイオウラシルはチアマゾールに比べてやや副作用が多く、効果も不安定なため、副作用が生じたりコントロールが困難な場合などはチアマゾールを使用することがあります。

 授乳中は基本的には、母乳への移行が少ないプロピルサイオウラシルが使用されます。ただしチアマゾールでも1日20mg以下(通常4錠以下)であれば授乳しても差し支えないとされています。

 

 

 

 妊娠一過性甲状腺機能亢進症

 

妊娠性のホルモンHCGには甲状腺ホルモンを分泌させる働きもあります

 

 妊娠すると妊娠初期からヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)というホルモンが出現し上昇します。一般に行われる妊娠反応は、このHCGが出現しているかどうかをみているものです。HCGには甲状腺ホルモンを増やす働きもありHCGが増えるに従い甲状腺ホルモンも上昇します。HCGによって甲状腺機能亢進症を生じるほど甲状腺ホルモンが増えることが稀にあり、この状態を妊娠性一過性甲状腺機能亢進症といいます。

 

妊娠中のHCG、甲状腺ホルモン

 甲状腺機能亢進状態になると妊娠悪阻(つわり)がひどくなることが多くなります。

 

 

 出産後自己免疫性甲状腺症候群

 

出産後の甲状腺機能異常

慢性甲状腺炎やバセドウ病の素因があると

出産後に甲状腺機能が異常になることがあります

 

 出産後に自己免疫性の甲状腺機能異常を生じたものを出産後自己免疫性甲状腺症候群といいます。(自己免疫性とは自分で自分の体を攻撃してしまう物質ができてしまう状態のことをいいます。代表的なものは慢性関節リウマチで、甲状腺では慢性甲状腺炎(橋本病)やバセドウ病などが自己免疫性の病気です。)

 

 甲状腺の病気になったことがない妊婦さんの中でも5%に生じます。そのほとんどがもともと慢性甲状腺炎を持っている人です。慢性甲状腺炎は女性の10人に1人は持っている病気ですが、甲状腺が腫れたり甲状腺ホルモンが異常になったりすることは一部の人のみであるため、多くの人は自分が慢性甲状腺炎になっていると気づかずに過ごしています。

 

 生じる状態としては出産後に甲状腺機能が低下したり亢進したり様々ですが、産後うつ病やマタニティブルーと言われている人の中に産後の甲状腺異常が見落とされていることがあります。この場合は甲状腺ホルモンを正常にすることで解決できる可能性が高くなります。

 

a) 甲状腺機能亢進症

 

 出産後3カ月以内に生じた場合は無痛性甲状腺炎が多く(上図の紫)、3か月以降はバセドウ病が多くなります(上図の赤)。無痛性甲状腺炎では症状に対する治療、バセドウ病では授乳期のバセドウ病に対する治療を行います。

 

b) 甲状腺機能低下症

 

 慢性甲状腺炎があると出産後甲状腺機能低下症を生じることがあります。ほとんどは一時的なものですが、約10%はその後永久に甲状腺機能低下症となります。治療はレボチロキシン(チラージンS)を服用します。一時的なものであれば薬に服用も一時的で大丈夫ですが、永久に甲状腺機能低下症が続く場合は一生にわたりチラージンSを服用する必要があります。

 

 

 妊娠と甲状腺腫瘤

 

妊娠性のホルモンHCGには甲状腺を刺激する性質があるため

妊娠中は甲状腺腫瘤が増大する可能性があります

 

 妊娠性のホルモンであるヒト絨毛性ゴナドトロピン(HCG)には甲状腺を刺激する働きもあります。妊娠するとこのHCGの影響で甲状腺の腫瘤が増大する可能性があります。

 甲状腺癌が見つかった場合、稀な一部の癌を除き、通常は出産後に手術しても問題ないとされています。大きさや癌の種類、妊娠週数などによって手術の時期を決めていきますが明確な基準はありません。仮に妊娠中に手術となった場合は妊娠中期以降に行うことがほとんどです。

  甲状腺癌の場合、治療としてアイソトープ治療(放射能による治療)を行うことがあります。この場合は妊娠中は行うことができず、出産後もアイソトープ治療をして4ヶ月間は授乳ができません。